最初に話を聞いたとき、なんて厄介で性質の悪い男なんだと思った。
駅の改札口には各自様々な予定を持った多くの人で溢れている。その中から目ぼしい人間を探すにはあまり適していない場所だったが、知らない人間と待ち合わせをするには丁度いい場所だ。改札のすぐ傍にあるシンプルな時計台の下で、葵はぼんやりと目の前の人波を見つめていた。騒がしい場所は好きじゃないし、今日の予定もあまり気乗りしたものではないが、一度した約束を破ることはできない。一応言われた通りの場所には来たわけだし、もし退屈だったらすぐに帰ろう。それくらいは相手も理解してくれるだろう、と考えた頃だった。
「・・・・ねぇ、もしかしてキミかな?」
目の前に影が出来たので現れた人物に焦点を合わせると、目立つオレンジ色が目いっぱいに入る。葵は時計台に寄りかからせていた背を離してニッコリと笑みを作った。
「千石清純さんですか?」
「あ、うん、そう!よかったー、違ってたらどうしようかと思ったよ」
「どうしてたんですか?」
「え?うーん・・・まぁそのときはそのときだね。でもキミ、全然人探してる様子ないから、本当に違うかと思ったんだよ」
時間とかも気にしてないしさぁ、と困ったように笑う千石を横目に葵は時計を見上げる。言われた時間よりも3分ほど早い。
「それで、友達の紹介って言ってたよね?」
「はい。最近ちょっと付き纏われてて、そのことを友達に相談したら、そーゆー時は千石さんが力になってくれるって聞いて・・・」
「・・・・ストーカーってやつ?」
「最初はそうでもなかったんですけどね。最近はちょっと過激で困ってるんです・・・・」
眉を下げて小さく息を吐くと千石は反対にキュッと眉を吊り上げて厳しい顔つきを見せた。葵は人で溢れる改札を一瞥して、千石の傍にそっと身を寄せる。
「・・・・今日も、来てるかもしれません」
「大丈夫だよ、俺がいるから。・・・・よし、とりあえず行こう。歩きながらでも話はできるしね」
そう言って千石は自然に葵の手を取って歩き出す。強引だけど不快な気分をさせないその手を見つめながら、葵は遅れないようにその後を追った。
駅から数分歩いたところは人も少なく、自然と歩調も緩まっていった。公園に通りかかると喉が渇いたからちょっと休んでいこうという話になり手近なベンチに腰掛けた。
そこで待ってて、と言って駆けて行った千石はすぐに飲み物を買って戻ってきた。小さな池がある公園の風が冷たいことを考えてか、貰った缶は暖かい。プルタブを開けてゴクンと一口豪快に飲むと、千石は前を見据えたまま言った。
「俺はさ、困ってる女の子が放っておけないんだよね」
「それでこんな事を?」
「まぁね。頼られるのって好きだし」
千石はへへっと照れたような子供っぽい表情を見せながら笑う。葵はそれに微笑み返し、千石と同じように缶を開けて液体を飲み込む。
「でも彼氏のフリするのって、大変でしょう?」
「そんなことないよ。可愛い女の子とデートできるのって嬉しいし。役得ってやつ?」
先ほどのように葵の手を握り、ちょっと持ち上げて千石はまた笑う。葵はさっと顔を伏せ、それから恥ずかしげに、少し困った表情で笑みを見せる。
「千石さんみたいな人ならこちらも役得ですよ」
「アハハ。・・・そうだ、まだ名前聞いてなかったね」
「葵です」
「葵ちゃん、ね。そういや、会ってすぐ俺のこと気付いてたけど、なんで?」
「友達に特徴聞いてましたから。『オレンジ色の髪』、わかりやすいですね」
本当は他にも理由はあったが、葵はそれを口にする気は今のところない。千石は何も気付いた様子はなく、相変わらず前を見据えている。
「千石さんて、」
「キヨか、清純でいいよ。それと敬語もなし。一応フリでも、付き合うことになるんだしさ」
「・・・・・そ、う?」
「うん」
「なら清純くん。清純くんて、結構女の人に慣れてるよね」
「えー?そんなことないけど」
本気でそうは思ってない笑みを浮かべながら、千石は飲み終わった缶を放り投げる。缶は綺麗な弧を描き、設置されたゴミ箱に見事シュートされた。
「こーゆーことしてて、彼女とかに嫌がられない?」
「彼女は残念ながらいないんだなぁ。だからそんな心配、いらないよ」
「・・・そう」
(ふーん・・・・ナルホドね)
缶ジュースをまた一口飲み込む。すぐに口を離れて、葵は小さく魅力的な唇を歪める。
「・・・・・まず」
「ん?何か言った?」
「ううん」
「そう?じゃ、そろそろ行こうか」
その後も街を適当に歩いてストーカー対策という名の擬似的なデートは空が茜色に染まるまで続いた。頃合いを見て葵は繋がれた手をそっと離し、千石の前を数歩急ぎ足で進んで、くるりと振り返る。
「ごめんなさい。私、そろそろ帰らないと」
「じゃあ家まで送るよ」
「いいえ、大丈夫」
「でも、もしもストーカーが何かしてきたら・・・・」
「タクシーを拾うから平気」
「なら、連絡先だけ教えておくよ。次会うときのために」
鞄から携帯を取り出そうとした千石に、葵は後ろに手を組んでニッコリと笑った。
「千石さん、完璧だわ」
「え?」
「待ち合わせの時間に遅れない。きちんとリードもしてくれる。さり気ない気も遣ってくれる。センスも良い。話も上手。容姿だって申し分ない」
「あの、葵ちゃん?」
「でもだからこそ、その欠点は大きく目立つ」
「・・・・欠点?」
「そうね、女心を弄ぶ、と言うのかしら。しかも貴方はそれを自覚してやっている」
千石の表情がさっと厳しくなる。葵は笑みを変えずに続けた。
「私が今日来たのは、昔の知り合いから頼まれたから。彼女は暴力的な彼氏から逃げたいという名目で貴方に新しい恋人を演じて欲しいと頼み込んだ。そして偽物の彼氏を演じる貴方を、彼女は好きになった」
「・・・・ああ、そういう子は結構いるよ。最初から嘘だって決めてたのに、本気にされちゃったりね。でもそれを、俺がわざとやってるって言いたいの?」
「ええ」
「何を根拠に」
「彼女は貴方に振られた後、かなりの執着を持って調べたそうよ。それで彼女は自分の他に何人もの女性が同じような目にあっていることを知った。そして、私に頼んできたの。真実を確かめて欲しいって」
「・・・・どうしてキミに?」
「ふふ、さぁ?」
惚けて見せた葵に千石はチッと顔を歪めて舌打ちをする。その様子を葵は楽しそうに見ていた。擦れ違う人々が何の揉め事だと好奇の目を向けてくるが、立ち止まる人はいない。都会とは便利な場所だ。
「聞いてみようかしら。どうしてこんなことを?」
「俺はまだわざとやってるだなんて言ってないけど?」
「いいえ、貴方はわざとやっている」
「だから、何を根拠に」
「私がそう思ったから」
即座にはっきりと述べた言葉に、千石は暫し呆気にとられた。そしてふいに込み上げて来た笑いを口から出すと、もうどうでもいいとさえ思った。
「っあっはははは!葵ちゃんて、面白い子だねぇ!全然なびく様子もないから、可笑しいなって思ってたけど、っく、くく!」
「弱っている人の心に漬け込むのは簡単だろうけど、その気のない人を口説くのは難しいものよ」
「っふ、はは・・・そっか、ストーカーってのも嘘だもんね」
「ええ。残念ながら、ね」
「あーあ、見事に騙されちゃったよ。嘘とか見抜くの、結構得意なんだけどなぁ。それにキミみたいな可愛い子、落としてみたかったよ」
手で目元を多い、くつくつと笑い続ける千石に、葵はもう一度問いかける。
「それで、聞いてもいい?どうしてこんなことをしたか」
「そうだね・・・・退屈だったから、かな」
「・・・・退屈?」
「そ、退屈で死んじゃいそうだったんだ。学校も部活も楽しいし充実してたけど、でもどこかつまらない。だから」
「そう、そうね・・・・退屈。とてもいい答えだわ。やはり最初に思った通り、貴方は厄介で性質の悪い人」
クスクス、と今度は葵が笑った。『退屈』という言葉が気に入ったかのように何度も口に出しては笑っている。
「好奇心は猫を殺すけど、退屈は人を殺すのね。そして貴方は全て退屈という名の死因のために」
遊んでいた。
まるで『獣』のように。
「それじゃ、私帰ります」
「え?」
「もう此処に居る意味ないもの」
「連絡先、教えてくれないの?」
「偽物の彼氏になる必要、ないのに?」
「本物の彼氏になるには必要、じゃない?」
お互いに作られた笑みを見せ合って、どちらが先に折れるかの勝負を始める。
けれど最初から勝者は決まっていた。
「そういえば私、名字を言ってなかったですよね」
「ああ、そういえば。なんて言うの?」
「跡部といいます」
は、と間抜けな声を出した千石の笑みが崩れる。
葵は笑みを深めて、小さく首を傾げた。
「跡部景吾の妹です。以後、お見知りおきを。山吹中テニス部の千石清純さん」
綺麗にお辞儀をし、背を向けた葵にかかる声はなかった。
真実を確かめるために彼女が獣を選んだ理由は、振られた相手も獣だったから。
獣が獣を知っていたのは、兄の試合を応援に行ったときの対戦相手として。そしてテニス部にある相手校の資料として見たことがあるから。
獣が獣に会う気になったのは、退屈だったから。
そう、全ては退屈という名の死因に至らないために。
タイトル『全ては僕の死因のために』 オペラアリス様より拝借。
スランプだなぁ、と思うしかない。千石さんも獣だった、というのは主人公(葵さん)と似ているということを言いたかったんですよ。厄介で性質が悪いのは葵さん自身もそうだと自覚しているのです。だから最初に『彼女』から話を聞いたときに自分と似ている獣に会ってみたいと思ったため、今回のようなことになりました、という設定。(分かりづらい
同じだから自覚してやっているのも直感で気付いたわけですね。そして葵さんは欠点をうまく補っているので、他人に気付かれることはあまりないです。格上な獣なわけっすね。(もうわけわからん
千石にはもっとうまくやればいいのにとさえ思ってそうな獣さんです。
まぁとりあえずこれで一つ妄想消化ということで、卒論頑張りたいと思います。うっし!
本当はもっと掘り下げて書きたかったんですが、長くなってしまうので(これでも)省略。デート中とかね。『彼女』の話とかね。
獣は実は深い設定があるんですが、それを書くのにもスランプじゃあしょうがない。というか今は書いてる場合じゃないんだけども。いつか書きたいです。むふー。
千石さんとはそれから色々と揉めてもらいたい。本気になっていただいてもいいし、対立する形でもオイシイと思う。
長々とお読みいただき、ありがとうございました。
気が向いたらサイトのほうに修正して移動させます。では!